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ベッドサイド吉野 『#4』

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bedside yoshino (ベッドサイドヨシノ)

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 10年3月に発表された4作目。この作品を制作するまで、紆余曲折があった。09年秋、急性心筋梗塞で吉野は倒れた。入院中に、音楽こそが生きる支えだと、改めて再認識したという。

 死の淵から生還し、療養中に制作された今作は、内省的で暗く重い作品だ。もはや前作の延長上にある作品ではない。やさぐれたノイジーなサウンドで、ハードコアやエモーショナル・ハードコアをベースにしている。内省的で荒々しく、煩悶、苦悩しているかのような暗い心の叫びがある。

 たとえば”静かなる隣人”では、<見ろよあの男、西友の食品売り場で、何かを見つめている>と歌っている。そして”hang around杉並”では、<ここは知らない道、行き止まり、引き返す>と、どこにでもありそうな、ごく平凡な日常について、淡々と歌っている。

 そこには、ごく平凡な日常に潜む奇妙でいびつな光景がある。一見、大衆の誰もが当たり前と感じている事象のなかに、奇妙な光景が存在している。だがそのいびつさに対して少々不思議に感じながらも、結局何もなく、淡々と過ぎていく。虫に変身してしまったグレーゴル・ザムザが、不思議に思わないフランツ・カフカの『変身』とは、間逆の手法だ。奇妙でありながらも奇妙でない。それが吉野が感じた現実である。

 いままでの季節感を交えた情緒的な表現から、不条理哲学を取り入れた一歩先に進んだ表現に進化した。それが死の淵から生還したことによって、ひとつ上のレベルに到達したのだ。そんな手ごたえを感じる作品だ。


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ベッドサイド吉野 『#3』

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 08年ごろ発表された3作目。今作も自宅の六畳間の宅録にて制作され、前作の路線を踏襲している。音色や音数も増え、前作と比べると録音状態が改善され、音が良くなった。

 今作もまた前作の延長上にある作品で、アット・ザ・ドライブ系のエモから、弾き語り、インスト、バンド・サウンドに近い楽曲と、前作よりも格段にバラエティーが豊富になり、成長を遂げている。

 サウンドは前作と比べると、荒々しくも激しさが増している。全体の雰囲気は、ほのぼのした曲から、シリアスな曲、内省的な曲など、表現が豊か。インストはとくに暗い曲が多いが、そのあとに明るい曲でスカッとした終わりるので、後味がよい。起承転結もはっきりとしている。

 それにして直截的で感情的な歌詞が目立つ。<あわれ、人の子。半べそ眼でどこまでも。我等、人の子。迷って縺れてどこまでも>”我等人の子”や<冗談じゃねえぞ馬鹿野郎。言いなりになって捨てられる為に生きてきたんじゃねえはずさ>と歌う”ファイトバック現代”など、今作では生命の尊厳や、弱者の反発を歌ったヒューマニズムな内容が多い。

 イースタン・ユースの日本情緒や文学的な内容の歌詞と比べると、表現がストレート。おそらくこの当時の吉野、体制への不満や怒りを抱え、人生、悲しいことがあっても開き直って生きていこうといった、心境だったのだろう。ある意味人間とは、どういった生き物なのか、といった事実を悟ったのかもしれない。それが如実に現れている。ソロでは相変わらず気分の趣く気ままに曲を作り、自由度が高い。エモーショナル・ハードコアやインディーロックへの愛着が伝わってくるし、吉野の人格や人生観がダイレクトに伝わってくる。好感の持てる作品だ。

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ベッドサイド吉野 『#2』

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 05年ごろライヴ会場で発売された2枚目。基本的には、前作の路線を踏襲している。しかしこの作品以降、イースタンユースとソロ活動の音楽性は、違いをみせることとなった。いままでのイースタンユースは、昭和の匂いを感じさせるノスタルジックなメロディーと、フガジなどのハードコアを融合したサウンドであった。この作品のあと、イースタンユースは荒々しいアメリカン・ハードコアに原点回帰。この時期のイースタンユースは、自分のやりたいサウンドと、ファンが求めることに解離が生じ、葛藤があったという。その迷いを吹っ切り、爆音ギターで、エモーショナルにがなり歌った作品が『ドン・キホーテ』だ。とくにタイトル曲の”ドン・キホーテ”は、時代に合わないことでも、自分の好きなことをやり抜くと歌い、この時期のイースタンユースの活動を象徴していた。

 だが吉野には別の欲求があった。爆音とは対極にある穏やかで癒しに満ちたメロディーを奏でたいという欲求が。前作に引き続きこの作品では、徹底的に昭和初期のサウンドを追求している。アメリカン・インディーやアコースティック、牧歌的なフォークに、昭和初期のノスタルジーと富良野の大自然という郷愁を想起させるメロディーを加えた。吉野の人生観をぶつけた歌詞もさることながら、ウェットで情緒的なメロディーに主眼を置いているため、すべてが人情味にあふれ心が温まる。のちにイースタン・ユースのアルバムに収められることとなる”片道切符の歌”が、ここでは北海道の田舎を想像させる情緒的なメロディーヴァージョンで収録されている。音は悪いけど、個人的には、このヴァージョンのほうが好き。素朴で温かみのあるいい作品だ。

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ベッドサイド吉野 『#1』

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 イースタンユース、ボーカル吉野による初のソロプロジェクト。04年ごろイースタンユースのライヴで、ひっそりと売られていた作品。このころはまだCD-Rのみの販売だったが、現在ではCDに代わり、ジャケットも一新され発売されている。

 曲作りから編集、録音にいたるまでの全工程を、自宅内にあるベッドの上で作られた。またCD-Rの複製、封入にいたるまでの作業も自らが行った。徹底したD.I.Yな活動をしている。

 そこまで手作業にこだわった理由は、D.I.Y精神を取り戻したかったからだろう。近年、プロトゥーズの技術革新によって、安価で高音質のレコーディングが可能になった。それに加え、CDの流通網やインターネットの発達によって、インディーでいながら100万枚近くのセールスを上げることも、もはや絵空事ではなくなった。いまやメジャーに属さなくても、メジャーに匹敵する売り上げを上げることが、実現できる世の中になったのだ。

 だがその発達によって、インディー本来の良さが失われた。現在、一部の世相ではインディーがカッコいいという風潮がある。その理由は、メジャーでは売り上げをあげるための制約があり、自分たちがやりたい音楽をやれないと思われているから。だが実際はメジャーの選別にもれたC級バンドの隠れ蓑になっている。結果、主義主張や音楽的な実力のないインディーバンドの偽善的な発言が目立ち、くだらないCDが、レコード店に大量に氾濫することとなった。

 本来のインディースのよさとは、D.I.Yにある。ライヴハウスの物販で、ミュージシャン自らが販売員として立ち、ファンと触れ合い自らのCDを売る。ライブでの音調整から、移動のときの車の運転、すべて自分たちでやるといった姿勢が、インディーズの魅力でもあった。なんの制約も受けず自分のやりたい音楽をやり、信念を貫き、私財を投げ打ってレコードを作る。それを周ったライヴ会場で手渡しでファンに売る。自らの情熱をダイレクトに伝える。やがて小さな波紋が、大きな影響力へと変わっていく。そして音楽シーン全体を変える。それがD. I.Yの魅力であった。本来、パンクとは、そういう活動であった。

 ベッドサイド吉野とは、レコード会社の宣伝も、流通も頼らない、本来のDIYのやり方で始めたプロジェクトなのだ。大袈裟にいうなら、失われたパンク精神を取り戻す活動といえるだろう。

 肝心のサウンドだが、エモーショナルなロックナンバーはない。サンプリング音から口笛、ギター、子供用のドラムなどの楽器で、シンプルな音作りを目指している。牧歌的なアコースティックから、心地よい春の陽気のようなインストゥルメンタル、疲れた都市の雑踏を描いているようなアヴァンギャルドノイズなど、じつにバラエティーが豊富。映画「ロト」のサウンド・トラック用に書き下ろされた楽曲を収められたアルバムだが、エモーショナルで荒々しいギターが魅力のイースタン・ユースとは違い、終始、素朴で穏やかだ。

 そこには、強烈な郷愁感が漂っている。歪んだギターのディストーションが雪国の過酷な冬の状況を思わせ、ハーモニカと口笛の素朴なメロディーが、春の訪れのような雪解けた小川のせせらぎを感じる。まるで失われてしまった故郷の大自然や古きよき時代を想像させる懐かしさだ。

 たしかにサウンド的には、パンクの荒々しさや攻撃性はない。しかもノスタルジーに浸っている。だがけっして、退化ではない。他人任せで、ひ弱で偽善的になったパンクへの警鐘なのだ。


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Panic at the Disco 『Vices & Virtues』

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パニック!アット・ザ・ディスコ

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11年発表の3作目。09年の夏にギターのライアンとベースのジョンがバンドを脱退。その理由は、前作『プリティ・オッド。』の60年代サウンドを追求するため、新バンド、ザ・ヤング・ヴェインズを結成したから。パニック・アット・ザ・ディスコは、1st派と2nd派の2つに分裂したのだ。

残されたボーカルのブレンドンとドラムのスペンサーの2人によって制作された今作は、原点回帰。ヨーロッパの怪しい仮装パーティーのような雰囲気に、80年代のディスコのような、暗闇で水面に揺れ青く淡い光のような幻想を加えた作品だ。

その音楽は幅広い。ホラーから、ビューティフルエモ、デジタル、ディスコ、打ち込みなどの00年代の要素に、中世のクラシックなサウンドや聖歌隊、ジプシーブラス、バイオリン、ラッパなどの古典的な要素を合わせた。いろんな要素が複雑に絡み合った作品に仕上げっている。もはやパンクのノリのよさこそないが、オリジナルティーある作品に仕上がっている。

これだけ作りこんだ作品に仕上がった理由は、アーケード・ファイヤーやのような、オリジナルティーあるサウンドを意識したためだ。それとメンバーが抜け、パニック・アット・ザ・ディスコはダメになったと、言われるのが嫌だったから、というのも理由のひとつだろう。そういった意味では意欲的で、ミュージシャンとして意地を見せた作品だ。

確かに全3作のなかで、いちばんオリジナルティーのある作品に仕上がっている。ほかにはないサウンドだ。だが作りこみすぎて、音楽マニアだけを意識して作られた印象を受ける。ヨーロッパの古典的な音を取り入れることの重視しすぎて、かんじんの表現力が失われている。ここでいう表現力とは、伝えたい感情のこと。前々作、前作はサウンドの方向性こそと違うが、シンプルで分かりやすい作品だった。聴いていて、単純にハッピーな気持ちにさせてくれるポップさがあった。それは共通していた。だから単純に楽しめた。だがこの作品は、ファンが肩組んで楽しめるようなハッピーさがない。喜びにも、悲しみにも、怪しさにも、恐ろしさにも、寄り付かない、あいまいささが漂っている。伝えたい感情をはっきりしてくれれば、いい作品だったに違いない。そういった意味でおしい作品だ。


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Panic at the Disco 『...LIVE IN CHICAGO』

ライヴ・イン・シカゴライヴ・イン・シカゴ
パニック・アット・ザ・ディスコ

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08年に発表されたライヴアルバム。おそらくメンバー自身も、この時期、ひとつの頂点に達したと感じていたのでないか。本人たちの充実感が窺える。

ライヴは1stと2ndを交互にやる構成。サウンドの方向性がまったく異なる作品だが、ライヴでは違和感なくはまっている。ゆったりとした2作目の”ウィー・アー・スターヴィング”から始まり、妖しい雰囲気の”ナイン・イン・ジ・アフターヌーン”へと、聴くものを引き込んでいく。じっくり聴かせたあとに、ノセて楽しませるといった流れがある。モッシュダンスをするような激しさがあるわけでもなく、椅子に座って観るような落ち着きがあるわけでもない。まるで壮大なエンターテイメントを観ているようなライヴだ。やはりラスベガスというエンターテイメントの都市で育った影響が反映されているからなのか?次の曲がすぐ聴きたくなるような中毒性がある。ところどころに観客を楽しませようとする姿勢がうかがえるし、演奏を、なにより本人たちがいちばん楽しんでいる。

彼らの最高傑作と呼んでいいほどの、充実した内容だ。


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