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ファーザー・シームス・フォーエバー 『ホープ・ディス・ファインドズ・ユー・ウエル』


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Further Seems Forever

Tooth & Nail Records 2006-02-24
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 06年に発表されたベストアルバム。この年の1月に彼らは解散宣言をした。そのラストツアーに合わせ発売された作品だ。その内容はデビューEP 『フロム・ザ・27th・ステイト』から1曲、『ザ・ムーン・イズ・ダウン』から6曲、『ハウ・トゥ・スタート・ア・ファイヤ』から5曲、『ハイド・ナッシング』から6曲、ディーエレム・レコーズのコンピレーション『エモ・ダイヤリーズ』に提供した曲が1曲、コンピレーション『パンク・ゴーズ・ポップ』から'N Syncのカヴァー1曲、『ハイド・ナッシング』日本盤のボーナストラックから1曲、ウィーザーのカヴァーが1曲と、計21曲が収録されている。なお歌詞カードには、歌詞の一節だけが載せられ、8年間の活動を振り返っている。

 解散を決めた理由は、ジョン・バンチの脱退が、一番の原因だそうだ。あらためてこのバンドの活動を振り返ると、ボーカルが安定しないバンドだった。サウンドに重点を置いていたバンドであったが、意図していない部分でボーカルに振り回されていた。その理由は最初のボーカリストであった、クリス・ギャラハーが才能豊かなボーカリストであったためだ。だからクリスの代役を探すのが困難だった。ようやく結成6年目にしてジョン・バンチという個性あるボーカリストが加入したが、結局、彼も脱退を表明した。もうこれ以上、才能あるボーカリストを探すのが困難と判断したのだろう。もしかしたらボーカリストを探すのに疲れ、バンドを続ける気力をなくしてしまったのかもしれない。だからジョンの脱退をきっかけに解散を発表したのだろう。

 あらためて、3人のボーカルが並んだベスト盤を聴くと、違和感を感じる。時系列に曲が並んだベスト盤というのは、バンドの成長のプロセスを感じることが出来るが、この作品ではオムニバスみたいな感覚に陥る。まるでほかのバンドの曲を集め、DJが作ったような作品だ。この時点でジョンがボーカルで、おそらく前ボーカリストの曲は、ライヴで歌っていないだろう。なのに解散ツアーで歌うことのない曲も含まれているこのベスト盤を発表した理由は、バックメンバーの歌わなくなった曲への愛着からだろう。おそらくこのベストアルバムの曲順どおりに演奏することはないはず。でもボーカリストが代わるたび、演奏しなくなっていく曲が増えていくのが、作った本人たちからすれば悲しかったのだろう。そういった意味では、この曲順どおり演奏したかった願望がこめられているようにも思える。ライヴで演りたかった曲順をベスト盤で理想の形で収録した。それがこのベスト盤を発表した意味なのだ。

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ファーザー・シームス・フォーエバー 『ハイド・ナッシング』

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Further Seems Forever

Tooth & Nail Records 2004-08-24
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 ボーカルが元センス・フィールドのジョン・バンチに代り、04年に発表された3作目。このメンバーチェンジは大正解。違うバンドと思えるくらい、ガラッと変わった作品に仕上がった。そもそもファーザー・シームス・フォーエバーというバンドは、クリスチャン・パンクというサウンド(演奏)がメインで、ボーカルは二の次であった。それが最初に加入したクリス・ギャラハーというボーカリストが、あまりにも才能豊かであったため、ファーザー・シームス・フォーエバーというバンドの方向性や世界観を、――無意識ではあるが――ボーカルが決めてしまった。2作目以降では、サウンド自体、格段に成長を遂げたが、ボーカルのテンションや声量が不足しているため、迫力のない作品で終わってしまった。そこで目に付けたのが、同時期に解散をしたセンス・フィールドのボーカル、ジョン・バンチだった。彼の果たした役割は、ファーザー・シームス・フォーエバーというバンドを180度変えるくらいインパクトのあるものだった。

 今作ではメロディーに重点を置いている。前作と比べると、荒々しいギターコードをした曲が少なくなった。クリスチャン音楽からの影響が強かったメロディーが、今作では、童話のようなドラマチックなメロディーに変わった。例えるならマッチ売りの少女のような世界。暗闇にぽっと明かりが灯るような寂しさの中に心温まるメロディーだ。前作の神秘的な中にあった冷たく華やかでキラキラと輝くメロディーではなく、手のひらの小さな温もりのような繊細なメロディーだ。といっても微妙な変化で、サウンド自体、エモをベースにしているし、ミドルテンポの曲ばかりで、さほど変わってはいない。

 それでも別のバンドになったような劇的に変化した印象を与えている理由は、ボーカルのインパクトにある。ジョンのボーカルスタイルは陰を感じさせる歌声で、憂いと悲哀に満ちている。クリス・ギャラハーのようなエモーショナルな熱さと力強さがない。透明な歌声であることは共通しているが、そこにあるのは、憂いと悲しみだ。まるで運命に抗いながらも、さだめに敗れてしまうような悲しみと憂いだ。あえてクリスのエモーショナルなボーカルスタイルを踏襲せず、ジョンの個性である透明でか細いスタイルのボーカルを貫き通した。その憂いに満ちたジョンの歌声が、サウンドの印象を悲しみに満ちたものに染め上げている。それがこのアルバムを成功させた要因だ。

 個人的にはこの憂いと悲しみは好きだ。メロディーも綺麗で暖かみがあっていい。だが穿った見方をしてしまうと、ファーザー・シームス・フォーエバーというバンドの個性とは何なのか考えさせられてしまう。たしかにクリスチャンから影響を受けたメロディーも歌詞も健在だ。バックメンバーはジョンの歌い方に合わせ曲を作ったようには思えないし、彼らがクリスチャン・パンクであることを貫き通している。だが意図していなくても、結果、ボーカルの個性によって、ファーザー・シームス・フォーエバーの世界観が180度変わってしまった。今作で顕著なのは、ジョンのボーカルがエモーショナルな部分を徹底的に排除したため、憂いと悲しみに満ち、ファーザー・シームス・フォーエバーの世界観ががらりと塗り替えられてしまった。憂いと悲しみに満ちた美しさを手に入れた代償に、ロックの爽快感と熱さという彼らの個性は失われてしまったのだ。ただジョンのボーカルも魅力的だし、これはいい作品であることに間違いはない。



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ファーザー・シームス・フォーエバー 『ハウ・トゥ・スタート・ア・ファイヤー』

How to Start a FireHow to Start a Fire
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 ボーカルがクリス・ギャラハーからジェイソン・グリーンソンに代わり、03年に発表された2作目。やはりボーカルのクオリティーは下がっている。そもそも前作のレコーディングに入る前からクリスの脱退が決定していた。それなのに、なぜファーザー・シームス・フォーエバーを続けたのかといえば、ボーカルよりもサウンドに重点を置いていたからだ。ファーザー・シームス・フォーエバーは、もともとストロングアームの元メンバー4人が結成したバンドで、クリスはあとから加入した。ボーカルの歌声よりも、サウンドと歌詞に重点を置いていた。だからバンド存続させたわけだが、結果的にジェイソンのボーカルにはクリスほどの透明な歌声とエモーショナルがないため、ボーカルとサウンドのケミストリーが失われてしまった。

 サウンド面だけ取り上げると、前作よりも進化しているのが理解できる。とくにメロディー。たとえば“オン・レジェンドリー”では、まるでクリスマスツリーのデコレーションのようなキラキラ光る淑やかで華やかなメロディーがあるし、“オーロラ・ボリアラス”では中期ソニックユースのような展開で、当時の最先端のサウンドを取り入れている。エモやクリスチャン音楽を掘り下げ、メロディーのバラエティーが増えている。サウンド面では成長を遂げているのだ。

 だがボーカルにインパクトがない。ジェイソンのボーカルはむしろこれといった欠点がない。しかもクリスと比べるとスクリームなどを取り入れ、ボーカルスタイルの違いをみせている。だが声量と迫力が圧倒的に違う。想いを伝えようとする熱さが感じられない。例えるなら、まるで機械的に業務をこなすエレベーターガールのよう。美人でもその顔をすぐ忘れてしまうような特徴のなさだ。バランスを崩してでも想いを伝えたいとする熱量のない部分が、このアルバムの印象をどこにでもある普通のアルバムという印象にしてしまっている。それがこのアルバムの欠点だろう。

 このあとにジェイソンがバンド内の確執で脱退。またボーカルの交代を余儀なくされてしまう。

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further seems foever 『The Moon Down』

ザ・ムーン・イズ・ダウンザ・ムーン・イズ・ダウン
ファーザー・シームズ・フォーエヴァー

HOWLING BULL Entertainmen 2002-03-06
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 01年に発表したデビュー作。初のフルアルバムであるが、最高傑作はこの作品。彼らのことを説明する前にまずフロリダのパンクシーンから説明したい。83年に発売されたコンピレーション『We Can't Help It We're From Florida』が、フロリダのハードコア・シーンの始まりであった。90年代に入るとスカ・コアのレス・ザン・ジェイクやホット・ウォーター・ミュージックなどが活躍し、パンクシーンが形成された。その後00年に入ると、ニュー・ファンド・グローリーやイエローカードなどのメロディック・パンクや、シャイ・ハルードなどポイズン・ザ・ウエルなどの叙情系のハードコア、アンダーオースなどのスクリーモ、アンバーリンやコープランドなどのクリスチャン・パンクなどに枝分かれし、独自のパンク・シーンを築いていった。

 ファーザー・シームス・フォーエバーは、クリスチャン・ハードコア・シーンから現れたバンドだ。クリスチャン・ハードコアとは、フロリダでは93年から98年にかけて活躍したストロングアームが先駆者だといわれている。このバンドはボーカルが結婚を機に解散。ドラマーのスティーヴが叙情系ハードコアバンド、シャイ・ハルードを結成。ヴォーカルを除いた残りの4人がファーザー・シームス・フォーエバーを結成する。それがこのバンドの始まりだ。ストロングアームは、クリスチャン音楽からの影響されたメロディーと、メタリックで叙情系のメロディーに、スクリームを加えたサウンドだった。そのメロディーを踏襲し、メタルからの影響とスクリームをなくしたサウンドが、ファーザー・シームス・フォーエバーの特長だ。

 サウンドのベースになっているのは、ライツ・オブ・スプリングやミネラルに影響を受けたエモ。だが彼らしかない個性は、クリスチャン音楽からの影響を感じるギターのメロディーと、クリス・ギャラハーの透明でエモーショナルな熱い歌声の組み合わせにある。そこから想起させるイメージは、カトリックの教会のような厳かなでロマンチックで神聖な世界。吐く息が白い真冬をイメージさせるリヴァーヴのかかったボーカルとギターに、雪の結晶のようにキラキラと光るギターのメロディー。そこには光の射す正しい道に進んでいるような神聖な気持ちと、苦難があっても信じた道を進んでいく熱さがある。たとえば“ザ・ブラッドリー”では<激しい言葉は聞くものを麻痺させる。怒りは無駄な時間となるだけ>と歌い、“マディソン・プラップ”では<真実はベールで覆われた侮辱の中に隠され、形式に拘り生きてきた人には、失望する結果があたえられる>と歌っている。そこにはヨハネ黙示録のような示唆と教訓に満ちている。クリスチャンからの影響が強いバンドだといっても、心の安らぎや平穏、宗教への逃避願望といった感情はない。キリスト教からの教訓を心の糧に、苦難の多い人生に立ち向かって行こうする姿勢があるのだ。

 この作品を最後にダッシュボード・コンフェショナルという名のソロプロジェクトに専念し、のちに大ブレイクを果たすクリス・ギャラハーだが、そこではおもに彼女にフラれた悔しさを歌っている。このときならではの勢いと初期衝動、そして教訓を胸に自らの人生に立ち向かっていく熱さは、あとにも先にもファーザ・シームス・フォーエバーでしか表現していない。この作品のみに初期衝動という熱気が閉じ込めているのだ。クリスチャンと透明な神聖さとエモーショナル・ハードコアの熱さ。その二つの要素が融合した作品なのだ。そんな稀有な個性はこのバンドくらいだろう。

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dredg 『チョックス&ミスター・スキュージー』

Chuckles & Mr. SqueezyChuckles & Mr. Squeezy
Dredg

Superball Music 2011-05-03
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 11年発表の5作目。劇的に変わった作品。今作ではビューティフル・ロックやプログレ、ギターロックの要素がなくなり、デジタルを全面に出した。『チョックス&ミスター・スキュージー』(ほくそ笑むミスター・スキューズィ氏)と名付けられた今作は、サウンド・コンセプトから制作方法にいたるまで、今までの作品と手法が異なっている。 曲を完成させるまでのプロセスも、メンバーが集まってジャムセッションをするのではなく、電子メールをつかって肉付けをし、完成させていった。そのやり取りだけでじつに8ヶ月の期間を要したという。そこで完成させた曲を、ピップ・ホップのDJシャドウや、ロック・バンドのゴリラズ、カサビアンなどのプロデューサーで知られるダン・ザ・オートメータの手によって、デジタルに味付けされていった。

 今作ではプログレや透明な美しさ、ギターサウンドこそなくなったが、端々に古きよきアメリカのサウンドを取り入れている。たとえば“アナザー・トライブ”ではダンスホールを取り入れ、“ザ・オーナメント”ではオールディーズのようなトランペットを取り入れた曲だ。そしてバーズの影響が強い爽やかで前向きな希望にあふれた“サン・ゴーズ・ダウン”などがある。そこに打ち込み系のデジタルな要素を加え現代風にアレンジした。曲の根幹のにある部分はあまり変わっていない印象を受けたが、デジタルを導入したため、ガラリと変わった。しかも、今作は前作までと違い、歌詞にもサウンドにもコンセプトがないようだ。ボーカルのギャビンの個人的な経験を歌詞にしている。

 とくに力を入れているのが、恐怖とも笑いとも取れる奇妙なお面のヴィジュアル・コンセプト。そのお面に象徴されるように、歌詞にもアイロニーや冷笑的な皮肉に満ちている。たとえば“アポン・リターニング”では、<あなたの気分を良くするのなら、私は嘘をつくことができます>と歌い、自分の本性を隠しピエロを演じている。“サムバディー・イズ・ラフィン”では<誰かがどこかで笑っている。多くの人々が答えを捜している>と、真剣に答えを捜すことへ無意味さに嘲笑が込められている。そして“ザ・フォート・オブ・ルーディング・ユー”では<今日は新しい日、苦痛を片付けた>と歌い、抱えていた心の痛みを片付けたことによって、将来が明るく希望が持てるものになったと言っている。いままでの超常現象や神秘的な内容が、現実的な日常の、屈折した内面に変わった。人間の深層心理や裏側に隠れている陰の部分を表現した作品といえるだろう。そういった意味では、いままでのシュルレアリスム的な、抽象的な世界観と異なっているし、新境地を開いた作品といえるだろう。

 しかしそこには彼らの個性である神秘的でサイケデリックな美しさがない。新しい試みを追求するあまり、デジタルを取り入れ、彼ら本来のよさを失ってしまった。それがこの作品の失敗の原因だ。だが個人的には不気味に笑っているミスター・スキュージーというキャラクターは好きだ。これがビューティフルなサウンドを有機的に結びついてくれれば、いい作品に仕上がったのではないか。そう思えてならない。

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