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フランク・ターナー  『テープ・ディック・ハート』

Tape Deck HeartTape Deck Heart
Frank Turner

Interscope Records 2013-04-23
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 13年に発表された5作目。前作、『イングランド・キープス・マイ・ボーンズ』は、大手インディーレーベルのエピタフと契約をしたことも手伝って、世界的な名声を獲得する作品になった。その内容はアコースティックギターを中心とした語り引きで、イングランドの歴史と伝統や死をテーマにしていた。そして今作では、前作のブレイクをきっかけにメジャーデビューを果たし、さらなる飛躍を遂げた。

 今作ではバンド形態となり、バラエティー豊かな作品に仕上がった。厳密にいえば、前作からバンド形態に移行していた。たが、あくまでフランク・ターナー自身がメインで、曲はアコースティックギターの語り引きが大半を占めていた。ドラムやベースを入れたバンドサウンドの曲も、メンバーの意見はそこには反映されておらず、あくまでプロジェクトの延長上にあった。それが今作では、ベン・ロイの独特の弾き方など、メンバーそれぞれの特徴が顕著に反映されている。サウンドの根底にあるのは、グランジやエモなどのアメリカロックからの影響だ。そこにアイルランドの民族音楽や、イギリスの古典的なロック、ビリー・ジョエルのような上品なピアノの曲を加え、イギリス・フォーク風な味付けをしている。そこにはまるでシャーロック・ホームズの世界観のような、ジメジメと湿っていながらも、イギリスの伝統を重んじる誇り高さと気品が漂っている。フランク・ターナーらしいオリジナルなサウンドを確立したのは、今作からといえるだろう。

 王道のアコースティックギターの語り引きの曲も今作でも健在だが、死や英国の伝統などの外へ視野を向けた内容がテーマだった『イングランド・キープス・マイ・ボーンズ』とはうって変わり、今作では、失恋などのパーソナルな内容で、自分の内面世界に焦点を当てている。今作を制作する前、フランク・ターナー自身、長く付き合っていた恋人と別れたそうだ。このアルバムは、その失恋の後に書かれた作品で、倦怠期を迎えたときに起こりうる出来事について書いて、歌詞を書いたそうだ。テーマは、長く続いた恋愛の終焉だそうだ。

 アルバムは、失恋から立ち直り清々しさが漂っている“リカバリー”から始まり、心に受けた傷を急速に洗い流すような癒しのメロディーが印象的な“プレイン・セーヴィング・ウェザー”へと進んでいく。そしてよりを戻そうとして努力した結果、修復できず、何も出来ない悔しさと無力感が漂っている“グッド&ゴーン”と、別れの兆候が漂い、心を引きちぎられるような想いを歌った“テル・テイル・サインズ”を挟み、過ちと懺悔の気持ちの気持ちを歌った“エニーモア”と進み、最後は喪失感と孤独に満ちた“ブロークン・ピアノ”で終わる。曲が進むにつれ、過去の古傷を探っていくような、暗く悲しい憂鬱な気持ちになっていく展開だ。

 ミュージシャンは、失恋をすると名曲が2曲生まれるという話をよく耳にする。そのつらい気持ちをメロディーと歌詞に置き換え、人々の共感を生むためだ。彼もそれに習い、サウンドのバラエティーの豊かさと、傷口をあやす優しいメロディーなどが、ブラッシュアップされ、ミュージシャンとしてレベルアップしている。今まで感じることの出来なかった感情を理解し、歌詞で表現することが出来るようになった。そういった意味では飛躍的に成長を遂げた作品だ。

 だがいままで彼の特徴であった特定の人物を攻撃した皮肉に満ちた歌詞や、流行や政治への批判、夢に向かって熱く情熱的に生きているパンク・ソングは、今作にはない。イギリス人らしいウイットの利いたブラック・ユーモアもない。フォーク・パンクと呼ばれた彼の個性がなくなってしまった。そういった部分では、いささか寂しい気がする。 だがそれは12年8月に立ち上げたサイドプロジェクト、モンゴル・ハーデーで、“ハウ・ザ・コニュニストズ・ルーインド・クリスマス”(共産党はクリスマスを破滅させる)や、“テープワーム・アップライジング”(サナダ虫の暴動・・・・お腹のなかで寄生虫が暴れること)シリアスな内容について歌っている。そこではブラッグ・フラッグやマイナー・スレッドなどのクラシックなハードコアを展開している。そちらの活動も今後楽しみだ。

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ランシド 『ライヴ・アット・ザ・ガレージ・ロンドン』

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95年にロンドンで行われたライヴ。下記にあるバンド・ポームページから無料配信している。アメリカでは、現在のパンクのオピリオンリーダーとしてその地位を確立したランシド。当時UK初期パンクがベースになっていいるそのサウンドは、けっして目新しいものではなかった。でもアメリカであれだけの人気が出た理由は、モヒカン頭に鋲のついた革ジャン、タトゥーまみれのそのヴィジュアルと、ヘヴィーなパンク・サウンドに漂っている西海岸特有のカラッとした爽やかな明るさにある。怒りに満ちたイギリス・パンクを、カラッと明るく楽しく聴かせるセンスは、彼らしかありえなかったし、アメリカ人からすれば、鋲ジャンにモヒカン頭というヴィジュアルは、奇異に映る格好だった。まさにはみ出しもののためにある音楽であった。しかしそのサウンドは、ポップで、ある種の嬉しい気持ちにさせてくれる楽しさが漂っている。そのギャップが彼らの魅力であった。5作目のまでの彼らはどんなヘヴィーなサウンドを展開しても、西海岸特有の明るくカラッとした爽やかさが漂っていた。パンクファッションやUKパンクに影響を受けたサウンドという、こだわりこそあっても、ランシドというバンドは、アルバムごとにサウンドは変化してきた。UK色の強いハードコアパンクの2作目から、スカパンクの3作目。スカ・レゲェーをさらに突き詰めたパンクの4作目、ディスチャージのような荒々しいハードコアの5作目と、サウンドが大幅に変化してきた。だから彼らの最高傑作をどのアルバムにしぼるのかは難しい。彼らの最高傑作を3作目に上げる声は多いが、個人的に一番好きなアルバムは5作目だ。

この音源の話に戻るが、なぜ彼らが95年のライヴを無料配信に踏み切ったのかといえば、おそらく本人たちも3作目を最高傑作に上げているからだろう。だからコンディションのいい状態のこの時期のライヴを、初めて聴くファンに提供し、なおかつコアなファンにも納得のいく音源を配信したのだろう。

肝心の内容だが、スラップベースや力強いドラムのリズム隊こそすばらしいが、ランシドというバンド自体、けっして演奏のうまいバンドではない。でもそれがいい。正確な演奏よりも衝動と荒々しさを重視している。ノイジーなギターサウンドからは、グランジ・ファッションのようなおしゃれな味わい深さがある。おそらく世間一般の人々から見たパンクのイメージを忠実に実践しているバンドといえるだろう。汚い音からは、暴力的な不良の匂いが伝わってくるパンクなライヴなのだ。

次のアルバムでスカを極める方向に進み、その次のアルバムではハードコアな方向に進む。5作目以降の彼らのライヴは、音楽の範囲が広くなりすぎて、散らかった印象を受けるが、だがまだこの時期は、クラッシュ系の8ビートの初期パンクの曲と、スカの曲もパンクがベースにあるため、初期パンクに絞られれているし、スピードも一定。パンクバンドの攻撃的なアグレッシヴさもある。まさしく、いい時期のライヴなのだ。

                      こちらからダウンロード可能

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フェイス・トゥ・フェイス  『スリーコード・アンド・ア・ハーフ・トゥルース』

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Face to Face

Rise Records 2013-04-09
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 13年に発表された7作目。じつに2年ぶりとなる作品。前作と前々作の間が9年空いているのに、今作は2年という短いスパンで発表された理由は、彼らの制作意欲が高まっているからだろう。全盛期である『ビック・チョイス』のころのような切ない疾走感にあふれたパンクな曲こそないが、彼らの歩んできた人生を振り返りながら、そこで得た教訓などを語っている。枯れた円熟味のが加わった、味わい深い作品だ。

 今作では、80年代のニューウェーブよりのロックを中心に、スローテンポな曲が増えた。彼らの特徴であるブルートのようないかついボーカルスタイルこそ健在だが、乾いた響きのノイズギターの曲は減り、4ビートのゆっくりしたリズムを中心に、スカのようなリズムのカッティング・ギターや、掛け合いのコーラスなどを取り入れ、リズムを重視したサウンドに変化した。

 なかでも個人的に好きな曲は“ライト・アズ・レイン”。この曲はアルバム『フェイス・トゥ・フェイス』にある名曲、“ブラインド”の続編といえるブルージーな内容で、心にしみる名曲だ。カラッとサバサバした切なさが魅力だった“ブラインド”と比べると、人生が望んだ方向にうまく進まなかった結末について、これが当たり前なんだと、諦観に彩られた人生の厳しさと寂しさを“ライト・アズ・レイン”では歌っている。そもそも“ライト・アズ・レイン”の意味とは、イギリスでは晴れの日よりも雨の日が多いため、雨が降るほうがかえって正常な天気なんだという意味のことわざだ。陰鬱な気持ちにさせる灰色の空を、正常な天気と言い切るイギリス人らしいブラック・ユーモアを含んだことわざだ。だが雨の日よりも晴れの日のほうが圧倒的に多く、青く突き抜けた空が印象的のカルフォルニア在住の彼らがこの言葉を使ったということは、うまくいかないことのほうが珍しいのに、それを正常と捉えている。そこには多分に屈折した皮肉な意味を含んでいる。

 そしてタイトル曲である“スリーコード・アンド・ア・ハーフ・トゥルース” (3コードと半分の真実)では、まさしくそのタイトルどおり、パンクを通じていままで彼らを慕ってくれたファンについて歌っている。<私が歌う内容には矛盾がある。~あなたは私の歌にたびたび失望した。しかしあなたは、(パンクを通じて)自分自身を見つけた。答えが間違っていても それはあなた欠陥ではない。あなたは私たちの音楽を選んだ。愚かなために。>とファンを突き放したような内容を歌っている。直訳するといささか、卑屈に満ちてファンを嫌っているように思えるが、深読みするとパンクという音楽は愚か者のための音楽で、その言葉を鵜呑みにしたお前が悪いと、言っているようだ。でもそこにはファンが自分たちを慕ってくれたことへの感謝の気持ちを感じるし、俺たちの言葉を信じて行動しても、けっして君たちに負があるわけでもない、といっているようにも思える。

 彼らはパンクと出会い、泣きじゃくるような疾走感あふれる切なさから、悲しみ、自暴自棄へと、その時々に素直に感じた心境を、サウンドに反映させ表現してきた。自分たちのやりたいサウンドを貫き、顰蹙を買い、ファンの数が大幅に減った経験もある。ここではそんなプロセスを経てたどり着いた境地について語っている。その境地とは、人生とは自分の思い通りには行かない。でも半分は満足した人生を送れるということ。そこにはある種の諦めや、開き直った気持ちがある。けっして悲しみや後悔にくれることなく、諦めや開き直りがあったから、自分の人生がハッピーで至福感にあふれていたと振り返られると、彼らの現在の心境を、アルバムを通じて語っている。

 彼らの魅力であった切なく疾走感あふれるパンクな曲はない。そういった意味では、今作もけっして往年のファンの期待を応えたとはいいがたい。でも彼らは自分たちに素直だ。彼らの今の心境が如実に反映されている。だからやりたくない曲はやらないし、やりたい曲は積極的にやる。その素直さが先にあげた“ライト・アズ・レイン”や“スリーコード・アンド・ア・ハーフ・トゥルース”といった名曲を生んだことは確かだ。それがいい部分でも悪い部分でもある。彼らの切実な心境を語った意味ではいい作品であることは間違いない。

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