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リトックス S/T 7 『EP』

Product_img_211_300x300jpg  ロカストでドラムを叩いていたケイブ・サービアンと、ロカストとサムガールズでボーカルとベースを担当していたジャスティン・ペアソン。そこにマイケル・グレイン(g)とゾア・ディッキー(b)が加わりと結成した、新しいスタイルのファスト・コア・バンドの10年発表の8曲入りのデビューEP。ロカストのデジタル・ファスト・コアからデジタルを抜き取り、ギターに置き換えたサウンド。すべての曲が1分台で、苛立ちにまみれた焦燥感は相変わらず。とくに印象的なのはギターサウンド。まるで虫の大群が出す不快な羽音のようなギターノイズで、赤の他人を殴るような、むしゃくしゃした感情と、バイオレンスな衝動がある。この時点ではまだ2ビート主体のシンプルなギターだが、それでも彼らしかないロカストをシンプルにしたオリジナルティーを感じる事ができる。ファスト・コア好きにお勧めの作品。


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JIMMY EAT WORLD 『DAMAGE』

ダメージダメージ
ジミー・イート・ワールド

SMJ 2013-06-25
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 13年発表の8作目。この作品でも似たようなサウンドの作品は作らないという意志が貫かれている。ただ今作では、色々と迷いが生じたようだ。だから前2作までのセルフプロデュースから一転し、今作はプロデューサーにアラン・ヨハネスを起用。その理由は、客観的に意見を言ってくれる人がほしかったから。つまり作った曲がいい曲なのか、悪い曲なのか、自分たちで客観的な判別がつかなくなっていたという。だから外部に判断を委ねたのだ。

 そんなプロセスを経て完成した今作では、アコースティックギターを中心とした穏やかでやさしく柔らかいサウンドを展開。サウンドアプローチこそ、ダッシュボード・コンフェッショナルのアコースティック・エモに似ているが、そこにはバーズやスミスからの影響を感じ、アメリカの古きよきサウンドを取り入れている。ジムの歌い方もエモーショナルな叫びから抑揚を抑えた歌い方に変わった。そしてなによりひさびさにジミー・イート・ワールドの個性である、キラキラ・メロディーのギターが復活した。その柔らかなアコースティック・ギターの“”からは、川のせせらぎのような清冽な穏やかさを感じ、星空のようなキラキラメロディーが魅力のバラードである“プリーズ・セイ・ノー”からは慈しみを感じる。感情が高揚していく典型的なエモな曲である“バイバイラヴ”では、辛い気持ちを叫ぶように恋の終わりを歌っている。そして雑音が入り混じったアナログ録音で、素朴なアコースティックの“ユー・ワー・グッド”では、終わった恋の後に残された孤独な気持ちを歌っている。そこには息が詰まるような寂寥や、悔しさ、穏やかな悲しみ、といった感情を感じる事ができる。

 その理由は今作のテーマにある。そのテーマとは、大人の失恋。大人の人間関係よる葛藤や、破綻を扱っている。“ダメージ”では、<ぼくたちの仲はもはや繋がる可能性もないほど壊れてしまったのか?>と歌い、“ブック・オブ・ラヴ”では、<小さなことなんて心配していなかった。それが意味していたことも知ろうとしなかった>と歌っている。彼らの言う大人の失恋とは、長い恋愛の末の別れ。時間を積み重ねによって生じる誤解やすれ違い。お互いに気持ちを理解し、本音を知ることへの恐れ、最期は孤独という悲惨な結末などだ。

 ジミー・イート・ワールドというバンドは、『ブリート・アメリカン』という例外を除けば、一貫して、悲しみや切なさといった感情を表現している。そのなかでも代表作である『クラリティー』では、失恋を初めての経験する子供のようなヒステリックな悲しみや、混乱、心に受けた傷口などの、思春期特有のナイーブで傷つきやすいデリケートな内面を歌っていた。そのころと比べると、相手の気持ちも理解できるようになったし、傷つきあう事をなるべく避け、心が混乱する事もなくなった。いろいろな人生経験をつんで、大人になったのが理解できる。

 サウンドも悲しみという同じベクトルでも、清廉で神経質な音だった『クラリティー』と比べると、感情の抑揚のある温かみのある音で、表現の幅が確実に広がっている。そこに大人の余裕を感じる事ができる。『クラリティー』という作品が若気の至りとするなら、大人になって理解できたという回答がこの作品といえるだろう。


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Shai Hulud 『Reach Beyond The Sun』

リーチ・ビヨンド・ザ・サンリーチ・ビヨンド・ザ・サン
シャイ・ハルード

ハウリング・ブル・エンター 2013-02-13
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 ニュー・ファウンド・グローリーのチャドがボーカルに戻り、13年に発表された4作目。この作品もまた、じつに5年ぶりの作品。まずチャドがボーカルに復帰した経緯から述べたい。きっかけは08年にニュー・ファウンド・グローリと一緒にアメリカ中を周ったツアーにある。ツアー中のサウンドチェックのときマット・フォックスがチャドに新曲のデモを聴かせたのがきっかけだった。その時マットに頼んだのは、新作のプロデュースだったという。それから2年の月日が経ち、曲が完成し、チャドにプロデュースを依頼するため音源を送った。そうしたら曲に対して新しいアイデアもあるし、シャイ・ハルードのサウンドにも興味もあって、ぜひ一緒にやりたいと返事が返ってきたそうだ。ちょうどその時期、ボーカルのマット・マザリーが脱退してしまい、急遽代わりのボーカルを探す事になり、チャドにボーカルを頼む事にしたそうだ。最初はチャドに興味がなく、新作のリリースが危ぶまれたが、徐々にやる気が出てきたようだ。そういった経緯でチャドがボーカルを担当する事になった。しかも今作限定で参加したようだ。

 そんな曲折を経て発表された今作は、デビュー作のような原点回帰のサウンド。演奏よりも初期衝動や勢いを重視している。そのサウンドは、マイナー・スレットのようなスピーディーなハードコアをベースに、アースクライシスのような分厚く荒々しいギターと、プログレの芸術的で切迫感に満ちたメロディーが、断片的に絡む展開。そのサウンドに乗るボーカルは、熱さと団結を#するシンガロングスタイルのボーカルとOiコーラス。そして体力のすべてを振り絞り叫ぶチャドの絶叫ボーカルだ。前任のマット・マザリーや前々任のGeert・Van・Der・Veldeなどのデス声は、地の底から低音のうねり声を上げる迫力があったが、あくまでも作られた歌声だった。チャドのボーカルはその2人とは違い、1曲のために全身全霊を傾け、声がなくなるまで歌う姿勢がある。そのこの熱い気持ちを伝えようとする尋常でない。それが初期衝動の一因を担っている。まるで壊れかけの車がバンパーなどの部品を落としながら、ハースピードで飛ばしていくような狂ったスピード感だ。小難しいテクニックを排除し勢いを重視したギターサウンド。まさにハードコアなサウンドだ。

 今作のテーマは、タイトルの『リーチ・ビヨンド・ザ・サン』(太陽の向こう側)にある。その意味は、旧約聖書の言葉にある<太陽の下に新しきものはない>を逆説で捉えた言葉だそうだ。この世の中に新しいものははいという言葉から出発して、現状の向こうに見えるものや感じる事のできるもの、体験でき、手に入れられるものを求めて行動する、という意味があるそうだ。単純に太陽の下から向こう側に行ったどうなるのだろうという疑問から出発したそうだ。

 歌詞は前作同様、3人称で教条的で隠喩に満ちた口調で書かれている。だが今作では物語仕立てになっているようだ。たとえば“アイ, サルナイン”では、主人公は物凄く落ち込んでいて疎外感を持っている。彼が見るもの全てが怒りと惨めさと暴力に満ちている。彼自身はそれが自分に 与えられた現状だってことに気づいて絶望している。そして次の“リーチ・ビヨンド・ザ・サン”で、どん底の絶望から希望の光を見つけ出し、最終的に自分の生き方を改めようとしている。

 この作品で訴えかけているのは、どんなに絶望の淵に立たされても、良心と希望を失うなということ。自分の望む何かを得るためにいまいる場所の向こう側に行く。この作品を聴いた人に、夢や目標となるものを見つけ、ゴールを目指して欲しいことがテーマだそうだ。

 個人的にはこの作品を彼らの最高傑作に挙げたい。その理由は、切迫したスピード感と尋常でない衝動が、魂を滾らせるような熱い気持ちにさせてくれるからだ。前作までは凝ったサウンドに拘りすぎた。でも今作では勢いと衝動を重視している。怒りを叩きつけるようなシンガロングスタイルのボーカルと、団結を促すOiコーラスには、尋常でない熱さと切迫が漲っている。その熱さを倍化させる勢いがすばらしい。そして声を枯らして叫ぶボーカルからは、その思いを伝えなければいけないという、使命感さえ感じる事ができる。どんな絶望に立たされようが立ち向かっていく熱さがカッコいい。結局、諦めてはダメなのだ。淡水域から肺という新たな臓器を作り陸に上がった両生類や、高いところから飛び降り翼を獲得した鳥類のように、あきらめずチャレンジし続ければ、最終的に新しい進化(太陽の向こう側)に繋がるのだ。挑み続ける事によって新たな進化へと繋がる。彼らもまたチャレンジによって新たな個性を獲得した。最先端のハードコアの形を提示した作品だ。

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シャイ・ハルード 『ミサンスロピー・ピュア』

ミサンスロピー・ピュアミサンスロピー・ピュア
シャイ・ハルード

Metal Blade Records Japan 2008-05-28
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 08年に発表された3作目。これがじつに5年ぶりとなる作品。前作同様に今作も発表するまで、じつに紆余曲折があった。前作を発表した後、ボーカルのGeert Van Der Veldeが脱退した。その煽りを受けてバンドは解散。そしてギターのマットを中心に、ザ・ウォームス・オブ・レッド・ブラッドというバンド名で活動を再開した。そしてアルバムが完成。その作品をマットの友人に聴かせたところ、シャイ・ハルードと変わらない個性が出ていると言われたという。なら世間で知れ渡っているシャイ・ハルード名義で活動したほうが得だという事で、バンド名を元に戻し、メタルレーベルの名門で知られているメタルブレイドと契約した。

 そんな紆余曲折を経て発表された今作では、カオティック・ハードコアの要素を取り入れ、さらに混沌とした展開に。前作の叙情コアから、さらに進化している。ボーカルがマット・マザリーに代わったが、前任のGeert Van Der Veldeと比べても、遜色のないデス声で、まるで地獄のうめき声のよう絶叫だ。救急車の警告音のように2つの音階が行き来する頭の中の混乱を表現したようなメロディー。急激に速くなったと思ったら、遅くなっているリズム感を無視したドラム。そこには挑発、哀れみ、魂、精神、苦しみ、愛、憎悪といった感情が、走馬灯のように、目映く頭の中を駆け巡っていく。

 日本語で『純粋な人間嫌いと名付けれた』今作では、人間の愚かさや無知に対する不満にスポットを当てている。たとえば“Venomspreader”では、<腐食するこの苦しみの形こそ憎悪をしみこませている~大量にはびこる毒の汚染から守ろう>と、人を憎しむことについて歌い、“ザ・クリエイション・ルーイン”では、<悲しみのなかで殺されていく、苦しみを正当化するために祈れ。~命という幸福を無駄に費やした。死でしか俺たちは一体となれない>と、お互いが生きている以上、憎しみや、悲しみ、苦しみを与えてしまう。お互いが死んでから出ないと共有する事ができないと、独特の死生観を語っている。“ミサンスロピー・ピュア”では、<憎悪を通じて命を守る、憎しみのなかから希望が生まれる、怒りの中から洞察力を掴み取る>と、憎悪に対する正当性と、憎悪から人生教訓を学ぶ事が多いと語っている。そして3曲くっつけて組み曲になっているハードコア・オペラの“コールド・ロード・クワイタス”では、悪夢を墓場へ持っていくという結末から始まり、愛とは憎しみと苦しみを生むものだけど、その痛みこそ呼吸し生きている実感だと語っている。そして3章で、自分の毒を手放してお前にどれほどの力があるのか、試そうと、未来について語っている。歌詞の内容は哲学的で、彼らが経験し、感じた人生訓がある。そしていささか教条的でもあるが、徹底した人嫌いに徹している。そこまで人を嫌わなくてはならない理由は分からないが、どうやら隠されたテーマとして、人間が慈悲の気持ちや理解する気持ちを持てば、平和と調和への道に進むのに、細かい気配りに気付こうとしない人々に対する苛立ちがあるようだ。

 歌詞的にはいささか行き過ぎている側面もあるが、サウンドはメロディーに重点を置きながら、多様なフレーズをぶち込んでカオティックになっているが、総じてヘヴィーさは失われていない。しかもハードコアの怒りは健在だ。そういった意味では確実に成長の跡を感じる作品だ。個人的には前作よりも好きだ。

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シャイ・ハルード 『ザット・ウィズィム・ブラッドⅢ・テンパード』

That Within Blood Ill TemperedThat Within Blood Ill Tempered
Shai Hulud

Revelation 2003-05-20
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 03年に発表された2作目。彼らの個性を確立したのは、この作品。ヘヴィーで重いサウンドだった前作と比べると、ハンマーのように重いリフは裏に引きこもり、メロディーが前面に出ている。絶叫ボーカルと、冷たいメロディーが絡む、新しいスタイルのニュー・スクール・ハードコアを確立した。当時スクリーモが流行っていたが、彼らのサウンドは、けっしてスクリーモではない。シャイ・ハルードのサウンドは、スクリーム(叫び)があるし、冷たいメロディーもある。だからスクリーモと近い部分がある。でもスクリーモではない理由はボーカルの叫び声は、アース・クライシスから発展したインの踏み方で、虐げられたか弱い人間の叫び声というよりも、マッチョな人間が外へ向けて戦っていく闘争心とガッツのあるハードコアをベースにしているからだ。エモにハードロックの要素を融合し、か弱い人間の叫びという精神性のスクリーモとは、アティテュードもサウンドも違うのだ。これは新しいスタイルのニュー・スクール・ハードコアといえるだろう。ちなみにアメリカではメロディック・メタルコアとして語られているそうだ。

 今作では、やはり前EPでのカヴァー経験が大いに活かされている。たとえばヘヴィーで重いサウンドにメロディーを乗せるというアイデアは、バッド・レリジョンやNOFXからインスピレーションを受けているし、“ビーイング・エグゼンプラリー”と“ディス・ソング:フォー・ザ・トゥルー・アンド・パッショネイト・ラヴァーズ・オブ・ミュージック”では、ネガティヴ・アプローチのファスト・コアから影響を受けたスピード感をベースにしている。ニュースクール・ハードコア、メロディック・ハードコア、ファスト・コア、などが混ざり合ったサウンドに、エモーショナルハードコアの静と動のアップダウンや、カオティック・ハードコアの複雑にフレーズが入れ替わる展開、プログレの芸術主義的なメロディーなどを加え、より昇華させている。それが今作で確立した個性なのだ。

 ここで表現してる彼らの世界観とは、人生との闘い。日本語で“その他の動機と美徳の軽蔑”と名付けられた“スコーンフル・オブ・ザ・モティヴ・アンド・ヴァチュー・オブ・アザーズ”では、憎しみは人々に受け入れられるものではなく、慈悲と正反対の作用を及ぼすと歌い、“自分が忘れても構わないと思っても、許されないものがある”と名付けられた“ウィリング・ワンセルフ・トゥ・フォゲット・ワット・キャンノット・アザーワイズ・ビー・フォーギブン”では、楽しかった日々は忘れ去られていくが、痛みや傷痕はけっして消えることがない。傷痕は一生消えないが、痛みを伴わない人生からは、学ぶべきことがないと、辛い経験から得られる代償について歌っている。“2つと20の不幸”と名付けられた“トゥー・アンド・トゥエンティー・ミスフォーチューンズ”では、すべての人々は、ネガティヴな一面を持っている、それは人間が敗北主義的な態度が、自らを不幸にする運命の作成している。ネガティヴな妄想や考えで現実の自分が不幸になった。不幸になった事を恨み後悔する。そして不幸のスパイラルに陥り、無限の不幸地獄から抜け出せない。苦しみに、終わりがなく、2つのネガティヴな考えが、20の不幸を生むと、歌っている。

 そこにあるのは、善悪がはっきりした道徳観をベースにした人生訓。憎しみや憎悪を悪魔と捉え、そういう考えを持っていると、いい人生を送れないと結論付けている。メンバーのなかには、ストレート・エッヂやクリスチャンを信仰している人もいて、バンドに宗教や思想は持ち込まない語っているが、個人的なクリスチャンの道徳観が色濃く出ているように思える。いづれにしろ、怒りや憎悪を悪魔と捉え、自分の人生をかけて戦っていく姿勢は、ハードコアそのものだ。

 この強い意志を感じる熱いサウンドからは、過酷な現実に立ち向かっていく闘争心を与えてくれ、気合が注入される。いい作品だ。



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