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ウィー・ケイム・アズ・ロマンス  『トレーシング・バック・ルーツ』

Tracing Back RootsTracing Back Roots
We Came As Romans

Imports 2013-07-28
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 13年発表の3作目。前作の路線をさらに推し進め、脱スクリーモを果たした。これがいい作品に仕上がっている。アメリカではビルボード・チャート8位に入るほど、高い評価を得ている。今作でも、デスメタルとデジタルの融合というサウンド路線に変わりはない。だが前作のメロディックを中心としたポップな要素が薄まり、デスやヘヴィネスを今作ではさらに強調している。そのサウンドは、例えるなら日本のバンド、マッド・カプセル・マーケッツの『システム・コンフリクト』というアルバムにある“ワールド”という曲に、構成が似ている。とはいっても彼らからマッド・カプセル・マーケッツからの影響は感じられない。その理由はメロディーそのもの影響の違いにある。マッドの場合、90年代のテクノや、機械的で無機質なデジタル音とデスメタルの融合だが、彼らは、00年以降のプログレやメロディックパンク、ディスコエモとデスメタルとの融合。メロディック側の音楽のベースはあくまでも00年以降の音楽から影響を受けている。くわしく説明するとそのメロディーには、ピップホップの暗くシリアスなピアノの音や、マーズ・ヴォルタからの影響を感じるプログレや青春コーラス、ディスコエモなどをうまく取り入れている。不気味なメロディーで死を覚悟したような不安な気持ちにさせながらも、デスパートで勇気を振り絞るような熱さを与えてくれる展開。そこには、どんなに不安で劣勢でも、立ち向かっていく熱さがあるのだ。それが終始テンションが落ちることなく、駆け抜けていく。それがこの作品の魅力なのだ。この作品は、メロディックパンクのような、女の子と何とかといったポップで軟弱な要素もなければ、スクリーモのような内省的で無機質な要素もない。熱くフィジカルで世間に立ち向かっていくという意味では、パンクしている。現代版のパンクだ。個人的には今年のベスト15には入っていくる。それほど好きな作品だ。

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ウィー・ケイム・アズ・ロマンス  『アンダースタンディング・ワット・ウィーヴ・グロウン・トゥ・ビー』

Understanding What We've Grown to BeUnderstanding What We've Grown to Be
We Came As Romans

Equal Vision Records 2013-04-08
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 11年に発表された2作目。サウンドフォーマット自体前作と変わらないが、前作より、よりメロディーに重点を置いている。今作では前作で確立したサウンドフォーマットを、より極める方向に向かっている。新しい試みはなく、いうなら深化だ。とくにメロディーに力を入れており、前作のディスコ・エモのピコピコなるデジタル音やクラッシク音楽をさらに突き詰め取り入れている。そのメロディーには、赤ん坊を癒すような浮遊感があり、呪詛を急速に洗い流すような癒しと安らぎがある。ときには切なく寂寥感に満ちており、メランコリックで幻想的な色彩を帯びている。そしてなにより今作のよさは、メロディーに、デスヴォイスと金属質で重いリフとが溶け合っているところだ。もはや繊細さと野太さの二律背反や2面性といった感情はここにはない。怒りに満ちたデス声の根本には、悲しみや弱さが漂っており、憤りや、やるせなさに近い感情がある。うるさく重厚でラウドで重いサウンドでありながら、ポップで聴きやすい。怒りと悲しみ、ポップとデスとの親和性に、このバンドの成長を感じる。

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We Came as Romans 『To Plant a Seed』

To Plant A SeedTo Plant A Seed
ウイ・ケイム・アズ・ロマンス タイラー“テル”スミス

TRIPLE VISION entertainment 2010-04-20
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 デトロイトのスクリーモバンドの09年発表のデビュー作。現在、このバンドがスクリーモの最前線にいる。美声と絶叫が交錯するスクリーモのサウンドフォーマットに、クラシックの突然悲劇を伝えられるようなドラマティックなメロディー、ディスコ・エモのスペイシーなデジタル音、メロディックパンクの青春コーラス、金属質の重厚なリフ、ブラストビートなどを加えた。そして絶叫がデスの怒声に入れ替えた。いろいろなジャンルの音楽を切り貼りしたセンスのよさが、彼らならではの個性といえる。

 これだけいろいろな要素を詰め込むと、消化不良を起こすバンドが多いが、彼らの場合、楽曲の組み立てや展開のよさが優れている。とくに優れているのはサウンドの中心を担っている擦り切れるような切ない美声とスペイシーなメロディー。そしてその美声をハンマーで潰すような重厚なリフへと流れ込む展開。ブルータルな怒声からドラマティックなクラッシクのメロディーに変わっていく展開は彼らならでは。攻撃性からショックを経て穏やかな感情。スペイシーで人工的な美しさと大自然で培われた獣性。感情がくるっと変わる美しさと獣性のアンビバレンスがいい。

 スクリーモ特有の魔界の沼地のような世界観や弱々しい感情もない。「人間が殺しあうことの愚かさ」などをテーマにしたメッセージ性の強いポジティブな楽曲を歌うことで有名で、どちらかといえばパンクのような社会に対する攻撃性がある。いままでのスクリーモとは異なるアティテュードを持ったバンドといえるだろう。

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BAD RELIGION 『Christmas Songs』

クリスマス・ソングスクリスマス・ソングス
バッド・レリジョン

SMJ 2013-10-29
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 13年に発表された9曲入りのミニアルバム。8曲はクリスマスソングのカヴァーで、残り1曲は“アメリカン・ジーザス”のアンディ・ウォレス、リミックス。

 バッド・レリジョンのいうバンド名の由来は、悪い宗教。いうならアンチ・キリスタンというスタンスを掲げたバンドだ。そんな反体制側にいるバッドレリジョンが、なぜクリスマス・ソングをカヴァーしたのかといえば、メロディック・パンク・バンドたちがアメリカン・ポップスや80年代ロックなどをカヴァーしているPUNK GOESシリーズのように、ただ純粋にカヴァーを楽しんでいる。ここではとくに反体制的な姿勢はうかがえず、クリスマスという祝祭的なイベントを、ただ純粋に祝い楽しんでいるようだ。とくに深い意味はなさそうだ。

ここでカヴァーしている曲は、1曲目の“天には栄え”は、イギリス四大賛美歌のひとつとして知られる曲。2曲目の“神のみ子は今宵しも”は、イングランド・カトリック教会で歌われている賛美歌。3曲目の“久しく待ちにし主よとく来たりて”は、9世紀にラテン語聖歌。4曲目の“ホワイト・クリスマス”は、ビング・クロスビーによって歌われ有名になったクリスマス・ソング。5曲目の“リトル・ドラマー・ボーイ”は、1950年代にアメリカで大ヒットを記録したクリスマス・ソング。6曲目の“世の人忘るな”は、97年にメジャーレーベル、アトランティックからプロモーション用に配られた『ホーリディー・サンプラー』にも収録されていた曲で、1843年にチャールズ・ディケンズによって歌われたクリスマス・ソング。7曲目の“御使いうたいて”は、1865年にウイリアム・チャタートン・ディックスによって歌われたクリスマス・ソング。8曲目の“荒野の果てに”は、1862年にジェイムズ・チャドウィックによってアメリカで歌われたクリスマス・ソング。そして最後の9曲目の“アメリカン・ジーザス”は、93年に7枚目のアルバムとしてリリースされた『レシピ・トゥ・ヘイト』に収録されたバッド・レリジョンのオリジナル曲。ここに収録されている曲は、アンディ・ウォレスによってリミックスされたシングル『アメリカン・ジーザス』のプロモCDに収録されていたヴァージョン。ここにはひとりぼっちの寂しく悲しいクリスマスといった曲はない。どの曲も楽しいクリスマスを喚起させる。

 全曲クリスマスソングのパンクバージョンという感じで、アレンジは、バッド・レリジョンの代名詞である2ビートのスピーディーなメロディック・ハードコアではなく、8ビートで荒々しいノイズギターのラモーンズのようなアレンジがなされている。しかもバッド・レリジョン特有のアグレッシヴな衝動や社会に対する攻撃性はない。わざとスピーディーでノイジーにすることで、クリスマスを小ばかにして楽しんでいるような印象を受ける。

 やはり最後は、バッド・レリジョンらしさを出したかったから、“アメリカン・ジーザス”のレアヴァージョンを収録したのだろう。アメリカン・ジーザスとは、アメリカのグローバル企業のことを神と隠喩で呼び、世界経済を支配することへの非難と、世界の富を独占し、格差を作り出すことへの警告に満ちた内容が歌われている。シリアスな曲ではあるが、ここではおまけという意味合いが強い。

 もしかしたらクリスマスという誰もが楽しいと思うイベントが、グローバル企業によって、貧富の格差が進み、既得権益しか楽しめなくなる可能性を秘めているということを伝えたかったのかもしれない。そんな隠喩的な意味合いがこめられているアルバムなのかもしれない。いずれにしろ、彼らにしてはめずらしく楽しみに満ちた作品だ。

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