プロフィール

  •    宮本 一高         (みやもと かずたか)
                                        音楽ライターを目指しているものです。EAT MAGAZINEやDOLLなどで執筆をしておりました。おもにエモ、ハードコア、スクリーモ、メロディックパンクを中心に取り上げております。自分が感動した音楽を、積極的に紹介していきたいと思いますので、よろしくお願いします。 

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2017年11月

2017/11/30

Quicksand (クイックサンド) 『Interiors (インテリア)』

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Quicksand

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じつに22年ぶりとなる3作目。90年代を代表するポスト・ハードコア・バンドで、ニューヨーク・ハードコアの重鎮としても知られ、2作を発表して瞬く間に解散。活動期間が短く、正直この先アルバムを発表するとは思っていなかったが、ここにきてまさかの再結成。

個人的にウォルター・シュレイフェルズが結成したバンドのなかでで一番好きなのはクイックサンド。その理由は独特な世界を持っているから。その世界観とは、シュールレアリスムのような奇怪なものや幻想に価値を見出すアンビバレンスな美しさ。まるでクレパスの底で瞑想しているような暗く深い孤独な静謐。聴くものに落ち着きとまどろみと恍惚を与えてくれる秩序と混乱が入り乱れた幻想的なサウンド。そんな世界観がぼくは好きだった。

そして発表された今作では、まさにぼくが求めていたクイックサンドが帰ってきたという内容の作品。過去のイメージが鮮烈すぎるバンドほど、期待外れに終わるケースがあるが、彼らに限ってはそんなかとはなかった。

そのサウンドだが、1作目(『Slip(スリップ)』)のエコー&ザ・バニーメンをハードコアに解釈したサウンドに、2作目(Manic Compression『マニックコンプレッション』)のノイズギターと、トリッキーでサイケデリックなテクニカルなギターサウンドをたして2で割ったような内容。1作目と2作目のいい部分を合わせた作品なのだ。サイケデリックなギターの揺らめき、穏やかさと厳かさ、微睡みと恍惚など、メロディーとノイズと低音と高音が高速のスイッチのように入れ替わるサウンド。彼らはまったく変わっていない。ここにはまさにぼくが求めていたクイックサンドの理想のサウンドがあるのだ。個人的には今年のベスト10に確実に入ってくる作品だ。

2017/11/17

Anti Flag(アンタイ・フラッグ)  『American Fall (アメリカン・フォール)』

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まぎれもなく彼らが現在のポリティカル・パンク・ハードコアの代表だろう。ペンシルベニア州ピッツバーグ出身のパンクバンドの新作は、初期のころから一貫してポリティカルな姿勢を貫き、反戦運動、反帝国主義、階級闘争、人権擁護など、労働者階級の立場に立ち、強者を優遇する政権批判をする活動を続けてきた。とくに02年発表の『Mobilize(モビライズ)』では、911の報復戦争をするブッシュ政権をやり玉に挙げ、戦争や死亡者を出さない平和的な解決を主張していた。争いごとの根源である宗教問題や人種差別、貧富の差という垣根を超え、団結を目指す。そんな理念を訴えてきたバンドなのだ。

いままで彼らは、メジャーでのリリースやEP、コンピレーション・アルバムなどを含め、過去に39もの作品を発表している。だが全作品を通してポリティカルな姿勢が貫かれている。彼らのサウンドは、典型的なメロディック・パンクだ。だが細部ではいろいろなものを取り入れている。ポップでメロディックな曲から、熱くヘヴィーでタイトなハードコアな曲など、感情のふり幅も広く、パンクだけに限っては、狭く深くいろいろなものを取り入れている。今作でもランシドのようなご機嫌なスカナンバーなど、新しいタイプの曲がある。だが持ち前のポップでさわやかなメロディック・パンク・サウンドは健在だし、メロディーフレーズを強調した部分は変わっていない。

オリジナルアルバムとしては10作目となる今作では、トランプ大統領を生んだ保守的で自己中心的なアメリカ国民への批判と、トランプが掲げる人種差別や偏見への抗議、新自由主義が生んだ貧富の格差への非難など、アメリカの社会問題がテーマになっている。だがそのわりには、シリアスさや怒りといった感情は感じられない。総じてポップでさわやかだ。その理由は、おそらく怒りよりも、虐げられた者が団結して悪い状況を変えていこうとする集団の力を重視しているからではないか。聴いて鼓舞される感情は、団結心を喚起し、体制に立ち向かっていくような勇気。あくまでも一人での戦いでなく集団での戦いなのだ。アメリカにはトランプに代表される自己中心的な集団もあれば、オバマ前大統領のように世界平和や環境保全、人種平等など世界秩序を理想とする集団も同じ数だけいる。光と影のような両面性がある。それがアメリカという国の特徴なのだ。だから反対側が劣勢に立たされている現在、なんとか盛り上げ数を増やしていく必要があるのだ。そういう意図があって、人々が親しみやすいようにポップに作られている印象を感じる。月並みな表現になってしまうが、アメリカでも表現の弾圧や規制が始まった昨今、彼らはブレることなく一貫して信念を貫いている。その姿勢には頭が下がる思いだ。ものすごく価値のある作品なのだ。

2017/11/02

The Kominas (ザ・コミナス) 『Stereotype (ステレオタイプ)』

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マサチューセッツ州出身のパキスタン系アメリカ人のよるパンクバンドの15年に発表された4作目。彼らはマイケルムハンマドの小説、『Taqwacores(タクワコア)』によって、その存在を世間に知られるようになったバンドだ。

彼らは政治的な問題を歌うよりも、イスラム教徒の世間的な話題に重点を置いているという。そのためそんなにシリアスなアティテュードを持っていないようだ。あくまでも音楽に重点を置いた活動をしているという。

その音楽性は、トルコやイランなどの中近東の音楽やパンジャブ民族音楽、サーフロック、レゲェやダブと、パンクとの融合。1作目の『Wild Nights in Guantanamo Bay(ワイルド・ナイツ・イン・グアンタナモ・ベイ)』で中近東音楽とパンクとの融合を目指し、2作目の『Escape to Blackout Beach(エスケープ・トゥ・ブラックアウト・ビーチ)』でアジアンなメロディーに、スカやレゲェを融合した。3作目の『Kominas(コミナス)』ではスカやレゲェを突き詰めた。そして4作目となる今作でも、前作のレゲェとパンク路線を踏襲している。

とくに変化したのはリズムで、スローテンポな曲が増えている。“Again & Again”は低音グルーヴのレゲェな曲で、“See Something, Say Something”は空間を切り裂くダブな曲。全体的にパンクな曲は少なくなったが、バラエティーに富んだレゲェの曲が増えた。そこには南の島をイメージさせるトロピカルで美しいメロディーがあり、ゆったりとした脱力ムードが漂っている。そこには民族問題や社会問題をシリアスに捉えず、社会風刺としてとらえているような穏やかさがある。

ひとつの音楽性にとどまることを嫌うバンドなのだろう。この作品でもいろいろなことにチャレンジしている。意欲的な作品だ。

 こちらから購入可能

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